一口に「コーヒー」と言っても、そのプロセスは奥が深い。
産地で丹精を込めて生豆が作られ、日本に届き、焙煎という技術で付加価値が生まれる。
だが、実際にコーヒー豆を挽き、抽出して飲むのは、お客様だ。
コーヒー豆を販売する珈琲きゃろっとにとって、最後の抽出のプロセスはユーザーにお任せする作業だ。
言い換えれば、最後のプロセスはユーザー次第。それまでのプロセスを台無しにしてしまう可能性もある。
極端な話、産地で直接買い付けた希少な豆を、どれだけこだわって焙煎しても、おいしく淹れることができなければ、無価値なコーヒーとなり下がってしまう。
それでも、この店が圧倒的なリピート率を誇るのは、顧客へのアフターフォローやコーヒーに対する情報を、つぶてに伝えているからこそ。ユーザーとの関係が構築されている賜物だろう。
世の常として、企業はユーザーに情報を伝えたい。しかし、情報が溢れる今、ユーザーは信頼できる情報だけが欲しいというジレンマがある。
では、一体顧客とどんな繋がりをすることで、情報に耳を傾け、一体感を持ってフォローを行っているのか。
顧客に対する考え方と聞くことでその秘密が明らかになった。
■人物紹介
内倉大輔 (株)きゃろっと代表取締役社長
国際的なコーヒー鑑定士であるカッピングジャッジ
Qグレーダーの資格保有
SCAJローストマスターズチャンピオンシップ優勝
(株)Eストアー主催 ネットショップ大賞ドリンク部門1位
エスプレッソチャンピオンシップ1位など数々の受賞歴を持つ
正直に言うと、僕もここまでお客様に支持して頂けるとは思っていませんでした。ですが、お客様に長くご利用して頂くために意識していることはあります。
僕らのミッションは「コーヒーを通して、あなたのライフスタイルを豊かにする」というものです。
このミッションができたことを説明するためには、ちょっと遡った話になってしまうのですがいいですか。
コーヒーの品質は、長く購入していただくためにとても大切な要素だと思っています。
ですが、お客様と長くお付き合いさせて頂ける関係を築くためにやっていることはあります。
実は、僕は今の会社を立ち上げたときに、一度失敗しているんです。大手の通販サイトで出店したのですが、キャンペーンや安売り競争に巻き込まれてしまったんですね。
品質が良い豆を安く販売しなければ売れない。というジレンマにいつも苦しんでいました。
自分が大好きなコーヒーで生きていこうって決めたのに、全然楽しくない。これはいけないなって思ったんです。
当時は「おいしいコーヒー豆さえ煎ることができれば、だまっていても適正な価格で売れるはずだ」そう考えていました。
でも、そうじゃなかった。僕の想いを伝えないとお客様だって選びようがないんですよね。
商品の良さを伝えられていないのだから、お客様は価格というものさしで価値を判断するしかありません。その時に、もう一度最初から考え直そうと思いました。
自分はどんな風に、どんな気持ちで生きていきたいのか?っていうところからちゃんと考えようと思ったんです。
自分はどんな気持ちで働きたいのか?
自分はどんな商品を売りたいのか?
自分はどんなことに喜びを感じるのか?
ということを全てマインドマップに書き起こしていきました。
反対に、絶対にやりたくないこと。自分的に苦しいと思うことも全て書き出しました。そうやっていくと「自分は、大好きなコーヒーを通して、楽しく働きたい」っていうシンプルな答えに、たどり着いたんです。
で、「やらないと決めたこと」は、もう死んでもやらないと決めました。
自分がやりたいこと、ワクワクすることだけを取り入れてビジネスモデルを構築すれば、やりたいことだけで生きて行ける。そう思ったんです。
確かにその通りです。実際に「理想論じゃないか」と言われたこともありました。
でも、自分の理想を掲げることを間違っているとは思わなかったですね。自分の人生なので。
とはいえ「自分だけが楽しければ、それでOKなのか?」そう自問すると「自分だけが楽しければいい」という独りよがりとは違いました。
自分が楽しく働くためには、取引先との関係も良好にしたい。
自分が楽しい気持ちで働くためには、職場で働くスタッフも楽しい気持ちで働いてほしい。
そして、自分が楽しく働くためには、お付き合いするお客様にも最高に喜んでほしい。
ということが僕の中で明確になったんです。
きゃろっとの「関わるすべての人がハッピーであること」という理念は、この時に生まれました。経営者にとっては、売り上げや利益を上げることは当然必要なことだと思います。
利益があれば、会社が安定するから、穏やかな気持ちで生きていけるし、従業員の働く環境の改善にもお金を使うことができます。だから、めちゃくちゃ大事な要素のひとつです。
でも、たくさんの利益が出れば、楽しいと言えるか?と自問したときに、僕の中の答えはハッキリとNOでした。
大きな利益を上げることや、会社を拡大することが目的になってしまっては、本末転倒です。
そうじゃなくて「最高の人たちから仕入れた豆を、最高の人たちと一緒にお届けして、最高の人たちに喜んで頂くことによって、利益が生まれる」というのが、僕の一番やりたいことだと気付いたんです。
自分の本当にやりたいことが分かったら、次は「自分が理想とする最高のお客様はどんな人だろう?」ってことを明確にしていきました。
どんな環境で、どんなことに悩んでいて、どんな性格なのか?コーヒーの知識はどのくらいで、普段どのような飲み方をしているか?そういったことを全て書き出していったんです。
そして、自分の中でイメージしやすいように、その理想のお客様に「山田さん」という名前をつけました。
さらに、その山田さんが、きゃろっとのコーヒーを利用するようになってから1年後、どのようなライフスタイルに変化したのかも書いていきました。
現在の山田さんと、一年後の山田さん。
きゃろっとを利用することで、コーヒーを通して山田さんの生活をもっと豊かにするためには僕らに何ができるだろう?
いえ。そのミッションは、もう少し後にできたもので、当時のミッションは「自宅で楽しむあなたのコーヒー生活をもっと魅力的に」というものでした。
コーヒーを売るだけじゃなくて、コーヒーを楽しむ時間そのものを魅力的なものにしようと思ったんです。
理想のお客様ですから、当然僕も山田さんのことが大好きです。
ミッションが明確になると「大好きな山田さんに、最高に喜んでもらうためには、何をすればいいのか?」ということに意識が向くようになりました。
今でも、きゃろっとで何か新しいサービスや新しいことを始める場合は「山田さん」が基準になっています。
「それをすることで、山田さんは喜んでくれるだろうか?」
この基準でサービスを考えていくと、不思議なことに良いお客様にきゃろっとをご利用いただけるようになったんです。
そうです。例えば、きゃろっとを利用する前の山田さんは、コーヒーは自宅で飲んでいますが、粉の状態のものを買っているとします。
でも一年後の山田さんは、豆の状態で買って、自宅で豆を挽いています。現在と1年後とでは、ギャップがあるわけです。
そのギャップを埋めてあげることが、僕らのミッションです。
コーヒーは、豆の状態で買って抽出する直前に挽くのが一番おいしいんですよという提案を伝えてあげる。
でも単純に「おいしいからお勧めする」というだけではないんです。例えば、豆を挽いたときに部屋中に広がる香りや、ゆったりと流れる時間の中でコーヒーを夫婦で楽しむ。そこで会話が生まれることで、より楽しいひと時になる。というライフスタイルは、山田さんには、きっと気に入ってもらえると思っているから伝えます。
お客様からは「きゃろっとさんのコーヒーを飲むようになってから、子供にやさしくなれた」とか「生活が整うようになりました」といった感想を頂くことがあるんです。
「子供にやさしくなれた」というお客様は、おいしいコーヒーをゆっくり楽しむ時間を作りたいから、早起きするようになったそうです。そうすると、朝の忙しい時間にゆとりができて、イライラしなくなり、子供たちにも笑顔で接することができるようになった。
「生活が整うようになった」というお客様はおいしいコーヒーを楽しむ空間を作りたいから、掃除をこまめにするようになったということです。
こういう嬉しいご感想を頂くたびに、コーヒーっていう飲み物の可能性をすごく感じます。
うまい、まずいというだけでなくて、ライフスタイルそのものに影響を与えるくらい、パワーのある飲み物なんだということを感じますね。
当時のミッションは「自宅で楽しむ、あなたのコーヒー生活をもっと魅力的に」というものでした。
ですが現在は「コーヒーを通して、あなたのライフスタイルを豊かに」というミッションに変更しました。
一見、あまり違いのないように感じるかもしれませんが「コーヒータイム」っていう小さい括りじゃなくて、ライフスタイルそのものを豊かにする、という大きな視点で僕らのサービスを捉えていこう。ってことです。
もちろん、お客様によって、家庭の事情や優先順位は違います。なので、僕らは提案はしますが、基本的には、お客様が好きなように楽しんで頂くことが一番と考えています。
火災は完全に僕の安全管理が悪くて、地元地域の皆さんにはご心配とご迷惑をお掛けしてしまいました。
幸い、全焼にはならなかったのですが、屋根裏は全て焼け落ち、焙煎機も放水で水を被ったためしばらくは営業ができないのではないかという状況でした。
ですが、火災の翌日には焙煎機を制作してくれた井上さんと藤森さんが長野県から来ていただき、焙煎機のチェックをしてくれました。
きゃろっとのネルを製作して頂いている丸太衣料の鷲野さんも「何かお手伝いできないですか」と名古屋から飛んできてくれました。
工房の中も天井が全て落ち、水浸しでしたが、スタッフや、スタッフの家族までが片付けにきてくれました。
商店街の皆さんも、かわるがわるお見舞いにきてくれて、地元のお客様にも沢山の励ましのお言葉を頂きました。
火災を起こして迷惑をかけてしまったのに、地元の皆さんも、全国からコーヒーを買って頂いているお客様も、みんな励ましの言葉をくれるんです。
お客様からのメールを見ながら涙が止まりませんでした。なんて素晴らしい人たちに囲まれて商売させてもらってるんだろうって。
地元の方たちや、全国のお客様の励ましで本当に勇気と元気をもらいました。スタッフもいつも通り明るくふるまってくれたおかげで、復旧に向けて、みんなで進むことができました。
2日目には焙煎機も動き、3日目には、火災を免れた倉庫内で、一部営業を再開することができました。
火災を経て、当たり前の日常というのが本当に尊いもので、幸せなことなんだというのが、身に染みてわかりました。
同時に、自分たちが今までやってきたことは、お客様にちゃんと届いていたんだ。伝わっていたんだということを知ることができました。
今までやってきたことは、間違ってなかった。これからも、この恩は一生忘れずにやっていこうと思いました。
普段から意識しているつもりではいましたが、本当に心の底から実感したという感じです。
そうですね。震災の時にも全国から沢山の励ましのメッセージを頂きました。
幸い、恵庭市は停電の他には大きな被害はなかったのですが、道内の厚真町や早来町、鵡川町などは大きな被害をうけていて、報道を見ては、自分にも何かできないかと考えていました。
ですが、震災の時に最も優先すべきは、生きて行くためのインフラや生活必需品です。コーヒーというのは、嗜好品だから、優先順位は低い。だから今すぐに何かするのは、返って被災者の迷惑になるだけじゃないかと思いました。
恵庭市では、震災から3日目には停電が全て解消されました。ですが街の中はまだ暗いムードでした。
この街は、自衛隊さんが多く住んでいる地域なので、震災があると、ご主人が不在になる家庭も多く、奥さんはひとりで家族を守らなければなりません。
きゃろっとのスタッフにも自衛隊の奥さんが何人もいます。
店も休業していたのですが、今こそコーヒーの力を発揮できるときじゃないかと思い、店舗前でコーヒーの無料炊き出しを行いました。
そうしたら、地元の方がたくさんきて、コーヒーを飲んでくれました。
ずっと家に閉じこもっていたから、久しぶりに外に出て、コーヒーを飲みながらスタッフと話をしたり、自衛隊のママさんたちが、久しぶりに笑いながら人と話をすることができたんです。
その後は、スタッフが鵡川町にコーヒーを持っていったり、早来町の幼稚園でも炊き出しを行いました。
無料炊き出しを行うことはFacebookにて発信していたのですが、それを見ていた、僕の友人でもある恵庭市の市議会議員の方から「厚真町でも、コーヒーの炊き出しをやってくれませんか?」というお話を頂いたんです。
僕らにとっては願ってもないことでしたので、すぐにお返事して厚真にいかせてもらいました。
厚真町では避難所2か所で、炊き出しを行ったのですが、土砂崩れで家を流された方や、ヘリコプターで救助された方などもいて地震当日の壮絶な話を聞かせて頂きました。
そんな中、コーヒーの炊き出しを行ったのですが、沢山の方に喜んでいただいて、本当に行ってよかったと思いました。
コーヒーというのは心に余裕があるときに飲むものです。だから、コーヒーを飲むことで、少しでも日常に近づいてくれればいいなと。
炊き出し7日間で、約800人の方に飲んでいただいたのですが、沢山の笑顔とありがとうをいただきました。
そのたびに、僕らも胸がいっぱいになりました。僕たちが何のためにコーヒーを日々焼いているのか、逆に僕たちが気付かせていただきました。
顧客作り、ファン作りに没頭する企業は多い。
その手法は様々だが、成功している企業に共通するのは、下心なく、どうすればユーザーの役に立てるかを献身的に考えていることだ。
企業とユーザーの関係のままでは、企業は「買って欲しい」とユーザーにアクションを求めるばかりだ。
そうではなく、ユーザーの意志として「買いたい」「応援したい」「繋がりを持っていたい」と思うような対等な関係が、きゃろっとと顧客に間には存在している。
理想の顧客像を描き、何ができるかを模索したことで、顧客がきゃろっととの繋がりを大事にしたくなる。
一見遠回りのようだが、シンプルに考えると合点がいく。
身近の人間関係と同じだ。人間というのは、思いやりのある行動を、下心なく行ってくれる人を信頼する。
簡単に感じるが、いざビジネスの場になると途端にそれが難しくなる。「ファン作りは難しい」と言われる所以だろう。
家のコーヒータイムが今よりも魅力的になったら。その小さな願いを叶えてくれるのが、この珈琲きゃろっとなのだ。
第4回に続く
■筆者 松本隆
北海道遠軽町出身
食品業界に10年以上勤め退社。
その後、九州・沖縄の水産系の市場、工場や酒蔵を巡り、
福岡、広島、京都、奈良、大阪、新潟と北上。
北海道の食の流通や小売り、飲食店にコンサルタントとして関わる。