日本国内において、ここ数年でその在り方が大きく変化したコーヒー。「スペシャルティコーヒー」と呼ばれる、生産者とサスティナブルな関係から生まれる高品質なコーヒー豆も流通するようになった。
サードウェーブコーヒーやコンビニコーヒーは新たな常識として受け入れられ、昔ながらの喫茶店や自家焙煎店としのぎを削っている。
某大手コンビニエンスストアのコーヒーの販売量は、一年で10億杯以上とされており、コーヒー激戦の時代を象徴している。
そんな業界において、独自の企業路線で顧客から支持されているコーヒー店がある。
北海道恵庭市恵み野。のどかな住宅街。約1万人が暮らすこの町に珈琲きゃろっとはある。販路は実店舗と、自前のホームページでの通販のみ。
しかしながら、コーヒー豆の定期配達サービスの会員数は全国に9,600名。継続率は98%以上と驚異的な数値でリピーターを獲得している。
また、とびぬけたスタッフの満足度は口コミとなり、3名のアルバイト募集枠には100人もの募集が殺到した。
なぜ、小さな町のコーヒー屋がここまで支持されるのか?
その秘密を探る。
■人物紹介
内倉大輔 (株)きゃろっと代表取締役社長
国際的なコーヒー鑑定士であるカッピングジャッジ
Qグレーダーの資格保有
SCAJローストマスターズチャンピオンシップ優勝
(株)Eストアー主催 ネットショップ大賞ドリンク部門1位
エスプレッソチャンピオンシップ1位など数々の受賞歴を持つ
もともと、僕、コーヒーが大嫌いだったんです。苦くて、口の中にいつまでも嫌な香りが残るのが苦手で。なので僕の中でコーヒーは「我慢して飲むもの」っていう位置づけの飲み物でした。
でも、十数年前、僕がサラリーマンをしていた頃、実家に帰って母から出されたコーヒーを飲んで、衝撃を受けたんです。
そうです。母に「なんで、このコーヒーはこんなに旨いの!?」って聞きました。
当時は、母が実家できゃろっとを営んでいたんですが、その時に母から教えてもらったのが「スペシャルティコーヒー」っていうコーヒー豆があること。そして、コーヒーの焙煎によっても品質が大きく変わるということでした。
僕の中ではもう本当に天地がひっくり返る位の衝撃で「コーヒーは我慢して飲むもの」っていう概念から「コーヒーは、おいしいもの、面白いもの」っていうパラダイムシフトが起きたんです。
はい。僕は性格が凝り性だから、その日からコーヒーのことばかり考えるようになったんです。特に焙煎が面白くて、毎日実家に通っては、焙煎していました。で、自分はコーヒーで生きていこうって。
どうせやるなら、世界で一番おいしいコーヒーをお客様に提供したいと思ったんです。
コーヒーは嗜好品ですから、もちろん好みは人それぞれです。でも、少なくとも僕の中では、心の底から「自分のコーヒーが一番おいしい」と胸を張って言えるようなコーヒーを創りたいなと。
僕が理想としているコーヒーは「毎日でも飲みたくなる」コーヒーです。
産地のテロワールがしっかりと感じられつつも、クリーンで、甘くて、口当たりが柔らかい。円くて優しいコーヒーです。
そういうイメージを持つ方も多いと思います。
今、スペシャルティコーヒーは、世界的なブームとなっています。サードウェーブ系のコーヒーショップやコーヒースタンドも増え、スペシャルティコーヒーが飲めるお店も増えました。
ただ、同時に「生豆の品質至上主義」的なお店や「フレーバー至上主義」的なお店も増えてしまっています。でも、コーヒーの味づくりには、生豆の品質と同じくらいに焙煎が重要です。
コーヒーは嗜好品だから、お店それぞれの味づくりがあります。味の多様性があること自体は、お客さまにとっても選択の幅が広がるので良いことです。
でも僕はロースターだから、最低限お客様に「適切な焙煎」をして提供する責任があると思っています。じゃないと、せっかくおいしいコーヒー豆を生産してくれた農園主にも申し訳ないです。
コーヒー豆のポテンシャルを見極めて、自分の表現したい味を作っていく。料理人と同じですね。素材の良さを活かしてこそプロだと思っています。
でも現状、ただ素材を焼いて出しているだけのお店が増えているということは残念に思っています。
そこまでは言いませんが、スペシャルティコーヒーは、高カロリーで浅煎りに焙煎すれば、とりあえずフレーバーは立ちますから、インパクトのあるコーヒーにはなります。
現在、多くのロースターが使用している最新式の焙煎機も「低温、高カロリー」の焙煎機です。
コーヒーの細胞を傷つけないように、なるべく低い温度の熱風を大量に生み出すことでコーヒー豆を煎ります。そうすると、コーヒー豆の細胞を傷つけることなく焙煎することが可能なんです。
この構造自体は素晴らしいものです。僕の焙煎機も低温、高カロリーでの焙煎が可能です。
ですが、それだけに頼ってしまうと、コーヒー豆の表面だけ焙煎が先行してしまい、豆の中心部は煎りムラになってしまう「生焼け」という状態になってしまいます。
このように焙煎したコーヒーは、インパクトはあるけれど舌の上でざらついたり、後味が悪くなってしまうんです。日持ちもしません。
カフェインに弱い人ですと、頭がくらくらしたり、頭痛がしたり、気分が悪くなってしまったり、という方もいます。
以前、友人が「スペシャルティコーヒーは何回か飲んだことあるよ。ああいうコーヒーがおいしいコーヒーっていうんだね。でも、自分には酸っぱすぎて口に合わないな。」と話していたことがあります。ショックでしたね。
確かに、スペシャルティコーヒーの特徴は豊かな酸味です。僕も酸を活かした味づくりをしています。でもそれは「心地よい酸味」でなければいけません。
生焼けのコーヒーは、適切に焙煎された「心地よい酸味」ではなくて、収斂性の酸っぱい酸味になってしまうんです。
心地よい酸味があり、円くてクリーンなコーヒーを煎るためには、焙煎時のカロリーと排気を高レベルでコントロールすることがとても重要になってきます。
ですが、既存の焙煎機で、そのような細かいコントロールができる焙煎機はなかったんです。
市場にそういう焙煎機がなければ、作ってしまえという理屈ですね(笑)
現在、当店には焙煎機が3台ありますが、3代目の焙煎機は、ソフトウェアの開発から行っています。井上製作所の井上さんに製作をお願いしました。実は、母が最初に購入したのが井上製作所の焙煎機だったんです。
井上製作所は、長野県の茅野市にあるのですが、茅野を含む諏訪地方は日本でも屈指の精密産業が盛んな地域です。ですから、優秀な技術者が集まっています。
井上さんは、科学未来館で展示しているロボットの製作にも携わっているのですが、ロボットのソフトウエア開発をした柴田さんと、基盤の製作を担当した藤森さんという素晴らしい技術者の方にも開発に携わって頂きました。
柴田さんは、intel社のCPUを研磨するソフトウェアの開発にも携わっている世界的に活躍しているエンジニアです。
僕も仕事で、VBAやPHPなどの言語を扱うので、プログラミングの知識は多少あるのですが、柴田さんの能力には驚きました。レベルが違うと。
そんな人たちが、僕の焙煎機の開発に携わってるれるというのが凄くうれしかったです。
試行錯誤は沢山しましたが、苦労したという感覚は無くて、とにかく楽しかったという感想が強いですね。
井上さんたちも「死ぬ前にこんなに楽しい仕事をさせてもらってありがとね」と話してくれました。
コーヒー屋をしていると、普段なかなか異業種の方と一緒にチームを組んで仕事をすることはないですから、そういった意味でもすごく刺激になりました。
業種は違うけど、みなさんとても仕事を楽しんでいるのが伝わってきて、こんな人たちと仕事ができるということが、とてもありがたかったです。市場にないものを自分たちの手で作り上げる喜び、というのはやはり楽しいですよね。
マニアックな機能が沢山搭載されているので、口で説明するのが難しいのですが(笑)
簡単に言うと、焙煎時に生み出される熱量や、排出される風量を可視化することで、焙煎時のカロリーコントロールを繊細に行えるようにしています。
焙煎機はPCと接続し、操作は全てPC上で行います。風量そのものを可視化するためのプログラムを組み込み、リアルタイムでPCに表示します。
基本的には、銘柄ごとの焙煎レシピプログラムを僕が作り、プログラムに従って焙煎は進んでいきます。
熱の伝わり方には、対流熱、輻射熱、伝導熱の3つがありますが、焙煎時には、この熱の伝わり方のバランスがとても大事です。
そのために、焙煎機の窯自体が持っている蓄熱量や熱風温度、シリンダーとコーヒー豆との接触時間もコントロールできるような機能をつけています。
そうすることで、豆を焦がすことなく、また生焼けにすることなく焙煎をすることが可能になりました。
昔と今では、焙煎に対する考え方が変わってきているからだと思います。
昔は、コーヒーの品質。つまり、コーヒーの液体の品質を上げるために、焙煎というのは重要なファクターでした。コーヒーのポテンシャルを最大限に発揮するためには、焙煎技術が必要不可欠だったんです。
一方、現在は生豆の品質が重要視されています。焙煎はなるべく可変要素を少なくして品質を安定させようというのがトレンドです。
スペシャルティコーヒーという高品質な生豆が無かったころは、味づくりの肝は焙煎だったからではないでしょうか。
どのコーヒー屋も同じような品質のコモディティコーヒーを扱っていた。じゃあどこで差別化をするのかというと、焙煎ですよね。つまり「焙煎によって、味を創る」という概念が昔は今よりも強かった。
僕も老舗といわれるコーヒー屋さんのコーヒーは、ほとんど飲んでいますが、おいしいコーヒー屋さんは間違いなく「良い焙煎」をしていました。
コーヒー豆を焦がすことなく、コーヒー豆の中心部まで均一に火が通っている焙煎です。こういうコーヒーは甘くて、クリーンで、マウスフィールがふくよかで柔らかい味わいになります。
でも、おいしいコーヒーを安定して出すためには、微妙な火力調整と排気調整が必要です。
「焙煎は、職人芸」と考えられていたのには理由があって「火力調整と排気調整の機微(きび)」を身に着けるために多くの時間と経験が必要だったためです。
これもシャルルの法則が当てはまるのですが、コーヒーが煎りあがるまで、大体80度~230度程度まで、温度帯が変化します。
排気する熱風の温度が変わると、排気する風量も当然変わります。ダンパー操作によって「ある温度帯で、ある時間の風量を常に一定に保つ」というのはかなり難しいんです。
ダンパー操作というのは、あくまでも「開き加減」を操作するだけです。その加減によって「今、どれだけの熱風が排出されているのか?」ということは分からないんです。
特に、マウスフィールを柔らかくするためにダンパーを閉め気味に焙煎した場合、熱風温度が上がりすぎると空気が膨張して、煙道からほとんど排気されない状況になります。
この時に、職人さんならダンパーを1mm単位で調整して、ちょうどよい引っ張り加減にしてあげます。僕も、1代目の焙煎機のときは、そのように焙煎をしていました。
ですが、この操作は、かなり経験が必要で、ちょっとでも調整を間違えるとコーヒーの味が変わってしまうんです。
その後、風量を可視化して検証したからわかったのですが、この時のダンパーの開き加減が1mm開放しすぎただけで、場合によって排気風量が最大で5倍も変わってしまうということがわかりました。
出ていく熱が5倍も変わってしまうとコーヒーの仕上がりは当然変化してしまいます。
また、冬場だと、外気温と煙道との気温差が激しい分、上昇気流が強くなりますから引っ張る力は強くなります。さらに、屋外の風もかなり影響しますから、これにも対策が必要です。
今まで、焙煎が職人芸と思われていたのは、このように様々な状況を加味した上でダンパー操作をしなければいけないためです。つまり「良い焙煎」を習得するには膨大な時間と経験が必要でした。
でも「火力」と「風量」を可視化してしまえば難しいことは何もなくなります。職人の勘よりも、さらに正確な焙煎が可能になります。
「焙煎の機微」を身に着けるための時間は必要ないので、焙煎技術の習得に関わる時間を大幅に少なくすることができます。
乱暴に言ってしまうと「生豆の品質が良ければ、焙煎はそれなりでもおいしいコーヒーになる」という考え方です。
そのため、最近の焙煎機は、排気量の調整ができない機種も増えてきました。つまり、焙煎中は常に一定の排気出力にすることで、焙煎を安定させるというものです。
排気コントロールを一定にした場合、火力のみで味を作ることになります。要は、焙煎機の可変要素をなるべく少なくして、品質を安定させるってことです。
この考え方自体は間違っていません。実際にそうすることで、品質はある程度安定します。
また、昔のように「焙煎の機微」を習得するとなると長い経験が必要になりますが、経験の少ないロースターでも、ある程度一定品質のコーヒーを煎ることができるというメリットもあるでしょう。
でも、この方法では、80点のコーヒーを安定して作ることはできるかもしれませんが、100点のコーヒーを安定して作ることはできません。
排気のバランスでコーヒーの味わいは、めちゃめちゃ変わるからです。だから昔の職人さんは、おいしいコーヒーを提供するために焙煎技術を磨いたんです。
良くも悪くも可変要素を少なくするっていうのは、味づくりの幅を狭めてしまいます。
ある一定の品質のものを広く世に広めるという役割は、もちろん重要です。ただ、僕の役割はそこではないです。
僕の使命は、大手じゃ絶対真似できない位「圧倒的な味づくり」に特化することだと思っています。
世界中のマイクロミルから品質の良い生豆を仕入れることで、ある程度の優位性は担保できます。でもそれだと、生豆の品質に依存してるだけになってしまう。
生豆の品質と焙煎技術を掛け合わせることで、圧倒的な優位性を生み出すと僕は考えています。
だから僕は100点を目指したいんです。どの店で飲んでも同じような味のコーヒーばかりになってしまうのはつまらないし、味づくりの幅が広がった方が絶対に面白いから。
僕にっとての理想的な焙煎機は「可変要素が沢山あって、なおかつ品質が安定する」っていう焙煎機です。
昔の職人芸といわれた焙煎を可視化することで精度を高め、さらに可変要素を増やして、正確な焙煎と微妙な味づくりを目指しています。
従来の焙煎機の可変要素は、火力と排気の2要素。もしくは火力のみの1要素。
僕の焙煎機は、火力と、排気、シリンダーの回転数、さらに企業秘密なので詳細は言えませんが、あと2つの可変要素。合計5つの可変要素で味を作ります。
でも可変要素がたくさんある焙煎機で品質を安定させるためには、焙煎のことを知らなきゃいけません。
カメラと一緒です。プロのカメラマンは、オートで撮影しませんよね。その時の明るさや被写体に合わせてシャッタースピードと絞り、iso感度を変えて最高の一枚を撮影するわけです。
でも逆に、素人がマニュアルで撮影すると、とんでもない写真ができあがる。オートで撮った写真は、だれがやってもそこそこの写真は取れます。でも最高の一枚は取れません。
焙煎も一緒で、素材に合わせて、可変要素を微調整する。でも、可変要素を調整するためには理屈をしらなきゃいけない。じゃないと最高の一杯は作れないと僕は考えています。
データの蓄積と検証の繰り返しです。
コーヒーは本当に繊細な飲み物です。焙煎過程で出来上がりが全く違うものになります。
先ほど「世界で一番のコーヒーを創りたい」と話しましたが、そのためには「どうしたらコーヒーはおいしく煎ることができるのか?」ということを知らなければいけませんでした。
で、当時は、本屋さんに行って、焙煎に関する本を片っ端から読み漁りました。
それでわかったことは「コーヒー業界は、焙煎理論が確立されていないんだな」ということ。焙煎に関する考察が、著者によって違うんです。
しかもその理論がとても曖昧で「なぜそうなるのか?」っていう肝心の部分がほとんど説明されていませんでした。
その時に「世界で一番のコーヒーを創りたいんだったら、誰よりも焙煎のことを知ればいい」単純にそう思ったんです
だから僕は、一旦すべてのインプットした情報をリセットして、ゼロから自分で焙煎理論を組み立てていこうと決めたんです。
自分で仮説を立てて、それを再現して、考察し、改善していきました。トライ&エラーを繰り返して、データを蓄積していきました。
繰り返しデータを取っていくと、いろんなことがわかってくるんですよね。
蓄積したデータを分析して「この理屈が正しいとすると、こうやって焙煎すれば、このような味になるはずだ」という仮説を立てて焙煎してみる。
データを検証する際は、ターゲットとなる焙煎パラメータ(火力や排気、時間など)の一か所だけを変更してA/Bテストを繰り返します。
例えば、サンプルAとBがあって、サンプルAは、従来通りの方法。サンプルBは、コーヒー豆の温度が110℃になったタイミングで一定時間排気風量の出力を変更したときにコーヒーの甘味が増した。とします。
このとき、AとBのパラメータの差異は排気風量だけです。ですので「110℃で排気風量Bを変更すると、甘味が増す」という相関関係があるとは言えます。
ですが、それだけだと「何が原因で甘味が増したのか?」はわかりません。排気風量が直接の原因であるとは言えないんです。
でも、多くの焙煎指南書に書かれているのは、ここまでなんですね。これでは味づくりに活かすことはできません。
この場合、変更したパラメータは排気風量だけですが、排気風量を変えるということは、その後の焙煎でコーヒー豆に加わるカロリー量が全て変わってしまうということになります。
1つのパラメータを変えることによって、その後のコーヒーの香気成分や味の成分に関わる化学変化も変わってしまう。ということです。
なので甘味が増した原因は様々な仮説が立てられるわけです。
・排気の出力が変わったことで、変更直後の温度帯での滞在時間が増える。そうすると、コーヒー豆に含まれるショ糖が加水分解が通常より進み、転化糖が多く生成される。転化糖はショ糖より甘味が強いためそれが原因で甘さが増したのではないか。
・排気の出力が変わったことで、転化糖が多くなると、その後150℃近辺でのメイラード反応で多くのうまみ成分が作られる可能性がある。それによって甘さが増すのではないか。
・排気出力を変更したことにより、対流熱での焙煎割合が増えて、豆の表面と内部との焙煎度にムラができ、内部に残った成分に、多く甘味成分が多く含まれているのかもしれない。
上記のように、この他にもいくつかの仮設が立てられます。そうしたら、今度は上記の仮設を基に、またデータを積み上げていきます。
「ショ糖の加水分解が原因とするならば、加水分解が積極的に行われている温度帯のみ排気風量を変更して、その後またデフォルト値に戻しても甘味が増すはず」
こうやって、またA/Bテストを繰り返します。
例えば1つの実験から、5個の仮説が立てられるとした場合。その仮説からさらに5個の仮設が派生したら、1つの実験で5×5で25回の検証を繰り返す必要があるわけです。さらにそこから5個の仮説が派生したら、5×25で125回の検証が必要です。
実際には、信頼度の高いと思われる仮説から順番に検証するので、総当たりではありません。
でもこうやってデータを蓄積しながら検証を繰り返していくと応用の効く焙煎理論がみえてくるんです。地味ですが、今まで謎だった部分に、新たな発見があると楽しいです。
この例を一つとってもそうなんですが、こういった実験をするためには、そもそも排気風量を可視化できていないと、検証すらできません。
でも排気風量が可視化されている焙煎機というのは、僕の知る限り市場にはありません。だから作ったんですけどね(笑)
コーヒーの焙煎中には、たくさんの化学変化が起こっています。だから、100%全てを解明するのは、難しいかもしれません。
でも、少なくとも正しい理屈の数を多く持っているだけで自分の意図した味づくりは活かせます。コーヒー豆の特性に合わせて、どのような焙煎が必要なのかも見えてくるんです。
このころは、もう本当に焙煎が楽しく楽しくて夢の中でも焙煎していました。
「豆に与えられている熱量」の可視化。それから、生豆の品質をスコア化して味づくりに活かすことです。
現在でも「発生した熱量」は可視化できています。また総カロリーの積算値もモニター上にグラフ化して表示されています。この機能も僕の焙煎機独自のもので、この指標があるだけで、格段に味の安定性は増しました。
ただ、それはあくまでも「今、ガスが燃焼している熱量」とか「1バッチ当たりに発生したすべての熱量の合計」です。
ですが実際には、焙煎機自体の余熱によって、蓄えられた熱エネルギーもコーヒー豆の焙煎に使われています。
さらに、強制排気によって、窯内部の熱は常に外部に排出されていますし、窯自体も外側に対して発熱しているわけです。
つまり、生み出されている熱量が100%コーヒー豆に伝わっているわけではありません。
現在は「焙煎中の豆に与えられているであろう熱量」を可視化するために計算式を作っています。
そしてこの計算式をリアルタイムで、焙煎機のソフトウェア上に表示するとで「今、どのくらいのカロリーがコーヒー豆に伝わっているのか?」を可視化することができます。
それが可能になると、焙煎のことがもっと解明できるようになり、味づくりの幅がさらに広がります。
それとは別に、生豆の特性をスコア化するプログラムも作っています。生豆の水分量、水分活性値、比重、かさ密度、有機物の絶対含有量、結合水の絶対含有量などの値からコーヒー豆をスコア化します。
算出したスコアによってコーヒー豆の特性を分類して、最適な焙煎ができるようにするっていうものです。
これはもう少しデータの蓄積が必要ですが、かなり実用に近いレベルまで精度が上がってきています。楽しみですね。
今回は「味作り」についてを話してもらった内容を抜粋し記事としてまとめている。
ここでは「なぜ彼のコーヒーはおいしいのか」という問いに対しての答えにもなっている。
才能という言葉では片づけられない、弛まぬ努力。なぜ、そこまでできるのか。
コーヒーの味作りについて、ひたすらに向き合う姿勢は「心底、コーヒーが好き」という素直な気持ちがあるから実現ができること。
それが話を聞いた率直な感想である。味作りや焙煎の話をするときの内倉さんはとても楽しそうだった。
嫌いだったはずのコーヒーを誰よりも好きになっている事実。
それは、嫌いな人でも好きになるほど、おいしいコーヒーを創り出せたから、に他ならない。
インタビュー中にいただいたコーヒーは、この話を裏付けるように、円やかで口当たりの優しい、お世辞抜きでとてもおいしいものだった。
次の記事では、そのおいしいコーヒーに欠かせない生産者について話を伺っている。
実際に産地で買い付けを行っている内倉さん。日本では、まだまだ生産者に対する誤解があるとのこと。
それは一体どういうことなのか。
第2回に続く
■筆者 松本隆
北海道遠軽町出身
食品業界に10年以上勤め退社。
その後、九州・沖縄の水産系の市場、工場や酒蔵を巡り、
福岡、広島、京都、奈良、大阪、新潟と北上。
北海道の食の流通や小売り、飲食店にコンサルタントとして関わる。