第3回「きゃろっと式抽出を再現するために」
なぜ、差し湯でコーヒーがおいしくなるのか?
この差し湯式のコーヒーブリュワーの元の考え方となるのが「きゃろっと式」の抽出方法です。
きゃろっとでは、10年以上前からこの方法でコーヒーを抽出してきました。
コーヒーの抽出というのは「いかに雑味を抽出せずに、おいしい成分だけを抽出するのか?」ということがとても重要です。
そこで辿り着いた抽出方法が「きゃろっと式」です。
きゃろっと式は、必要量の半分で抽出をストップして、残りはお湯を足して完成。
という抽出方法です。
→きゃろっと式抽出方法
アラジンコーヒーブリュワーもこの抽出原理を用いた構造になっています。
初めての方は「え~!でも、お湯を半分も足したら、コーヒーの濃度が半分になってしまうのでは?」と驚かれます。
ですが、大丈夫です。適切に抽出できれば、この抽出法でコーヒーが薄くなってしまうことはありません。
説明を分かり易くするために、コーヒーの抽出を前半と後半に分けて考えてみましょう。
例えば、200mlのコーヒーを抽出する場合、抽出前半の100mlと後半の100mlでは、液体にどのような違いがあるのでしょうか?
■抽出前半の100mlのコーヒー液【濃度(BRIX):4.5%】
実はこの抽出前半の液体にコーヒーの良い成分(旨み、甘み)の大部分が含まれています。
雑味がなく、良質な成分だけが凝縮された高濃度のコーヒー液です。
■抽出後半の100mlのコーヒー液【濃度(BRIX):1%】
このコーヒー液は、舌を差すような苦味、渋味などの雑味成分が多いコーヒーになります。
コーヒーも極端に薄く(前半の4分の1以下の濃度)お世辞にもおいしいコーヒーとは言えません。
上記のようにコーヒーの抽出というのは前半にほとんどの成分の抽出が終わってしまいます。
つまり、抽出の後半というのは「薄くて雑味たっぷりのコーヒー液」を抽出していることになります。
コーヒー抽出の後半というのは、メリットがほとんどありません。
ハンドドリップで淹れている方には一度試して頂きたいのですが、抽出の最後にサーバーを取り上げますよね?
その時に、まだドリッパー内にお湯が残っているかと思いますが、その残りのコーヒー液を別のカップなどに移して飲んでみて下さい。一発で納得できると思います。
多少、雑な抽出をした場合でも、抽出時間の2/3から後半に抽出されるコーヒー液というのは、薄くて苦くて、雑味だけの液体を一生懸命カップに抽出していると言っても言い過ぎではありません。
差し湯方式のコーヒーメーカーを作る
アラジンコーヒーブリュワーもこの抽出原理を用いた構造になっています。
ですが、差し湯の方法の欠点は「抽出を安定させるのが難しい」ということです。
つまり「いかにして、抽出前半だけでコーヒーの成分を出し切るか」が肝です。
当店では、この抽出方法が初めてのお客様には「きゃろっと式基本編」として、コーヒー液と差し湯の割合を「50%:50%」で推奨しています。
細口ポットをお持ちで、抽出に慣れているお客様には「応用編」としてコーヒー液:差し湯=40%:60% の割合を推奨しています(2杯取り時)
応用編になると、出来上がりのコーヒー量に対して4割のコーヒー液を抽出することになるため(つまり少ない量で濃く抽出しなければいけないため)繊細な温度コントロール、流量コントロール(水位コントロール)が必要になります。
ですが、応用編で上手に入れたコーヒーは、雑味がほどんどないクリーンで産地のテロワールがしっかりと感じられるコーヒーになります。
今回、アラジンのコーヒーブリュワーでは、この応用編の抽出方法も、完全再現しています。
ですが、完成までの道のりは、楽しくもありましたが、大変でもありました。
アラジンコーヒーブリュワーのゴールは
「きゃろっと式ハンドドリップと同じクオリティのコーヒーに仕上げること」
です。これができれば、きゃろっとのミッション「コーヒーであなたの人生を豊かに」にも繋がります。
最初にアラジンさんに持ってきて頂いた試作機は、構造上はとても理にかなっているものでした。
ですが、初期段階で抽出テストしたコーヒーは、ハンドドリップのそれとは全く別の仕上がりでした。
とはいえ、このコーヒーメーカーの構造とプログラムの柔軟さを目の当たりにして、すごく可能性を感じました。
結果的に、当初の発売を延期することになってしまいましたが、開発期間を伸ばすことにより、僕らの望むゴールにたどり着くことができました。
当初、コーヒーブリュワーの完成までには、大きく分けて、2つの課題がありました。
・温度の制御
・流量の制御(水位コントロール)
上記の2つです。
流量の制御(水位コントロール)について
差し湯方式の抽出では「前半戦で、おいしい成分を抽出しきること」が重要とということは先ほど説明しました。
そのため、なるべく濃度の高いコーヒー液を前半で抽出する必要があります。
濃く抽出するためには、どうすればよいか?
一般的に、コーヒーを濃く抽出しようとした際に陥りがちなのが「ゆっくり注ぐほど、濃く抽出できる」という考え方です。
コーヒーブリュワーも試作段階では、繊細な流量コントロールができるため、かなりゆっくりと注湯するような設定になっていました。
ですが、注湯スピードが遅すぎると、ドリッパー内の水位が上がらずに、ドリッパー下部の粉からのみ成分が抽出されてしまい、ドリッパー上部の粉は抽出不足になるという「抽出ムラ」が発生します。
濃く出すためにゆっくり抽出したのに濃度がでない。という現象が起きます。
また、きゃろっとが抽出時に大切にしているのは水位コントロールです。
きゃろっと式の抽出方法では一湯目にお湯を注いでから、30秒~1分の蒸らしを行います。
蒸らし後の本抽出では、なるべく早い段階で湯面を最適水位までもっていき、その水位をキープします。
こうすることで、全ての粉からまんべんなく成分が抽出されるため、クリーンで、ボディ感がふくよかで、マウスフィールのやわらかいコーヒーになります。
ハンドドリップの場合、最初の湯量を増やし、水位キープ後の湯量を抑える。という抽出をします。
これをコーヒーメーカーで実現するためにアラジンさんが考案したのが独自のバッファーというお湯を注ぐための部品です。
※文章では説明しにくいので、詳しくはアラジンのコーヒーブリュワーのページを参照してください。
このバッファーと流量制御プログラムによって、素早く最適水位まで上げ、その後、連続的に水位をキープできるという抽出方法が実現できました。
もちろん、抽出コーヒー量やコーヒーの粉の粒度や、鮮度によっても、最適な流量は変わります。
そのため、スペシャルティコーヒー、コモディティコーヒー、焙煎度、焙煎からの経過日数 など様々な条件を変えながら実験を繰り返しました。
この結果から、コーヒーカップ1杯どりの場合の最適水位までの流量と水位をキープするための流量を決めました。
また、マグカップ用抽出の場合は、粉の層の厚みが変わるため、それに合わせて流量も制御する必要があります。コーヒーカップ、マグカップ用、それぞれで最適な流量になるようにプログラムしています。
温度制御について
コーヒーの抽出時に大切な要素の一つが湯温度です。
湯温度が高すぎると、コーヒーのネガティブな成分まで抽出されてしまいます。(主に舌を指す苦味、渋み)
反対に湯温度が低すぎると、コーヒーのおいしい成分を抽出しきることができません。
きゃろっと式抽出の場合、抽出し始めの湯温87℃を推奨しています。
この温度であれば、抽出効率の違う浅煎りのコーヒーから深煎りのコーヒーまで、雑味を出すことなく、抽出することができます。
そのため、コーヒーブリュワーの温度制御も当初はボイラーの出口温度87℃にて抽出をしておりました。
ですが、出来上がりのコーヒーは、ハンドドリップに比べて薄く、雑味も気になりました。
この違いが出てしまう原因は主に2つでした。
・素材による、ドリッパー内温度の変化
・蒸らし後の注湯温度
・コールドスタートとホットスタートの環境変化
順に説明していきます。
1.素材による、ドリッパー内温度の変化
通常、当店でペーパードリップする場合は、コーノ式のドリッパーを使用し、細口ポットで抽出しています。
ポットの出口温度は87℃ですから、注いだお湯がダイレクトにドリッパー内のコーヒー粉に浸透していきます。
通常、当店でペーパードリップする際に、蒸らし時のドリッパー内温度は78~80℃です。
これは、注がれた87℃のお湯が、コーヒー粉とドリッパーに吸熱されることで温度が下がるためです。
ですが、コーヒーメーカーの場合、お湯が粉に到達するまでには...
ボイラー出口 → パイプ(配管)→ バッファー → ドリッパー(鉄) という素材を経由します。
これらの素材に吸熱されることで、ドリッパー内の温度が低下していることがわかりました。
この問題では、焙煎機の開発の経験が活きました。
僕は仕事柄、焙煎という熱を扱う仕事をしているので、日ごろから熱量計算をすることが趣味となっています(笑)
そのため、これらの素材の比熱や重量、パイプの内径、蒸らし時の使用湯量などのデータから、ボイラー設定温度をある値に設定したときに、バッファー通過時温度、ドリッパー内到達時の温度、蒸らし時ドリッパー内温度が何℃になるのか?をシミュレートする計算式を作りました。
コーヒーメーカーの開発では、使用湯量や、粉使用量など、条件となるパラメータを変えて実験を繰り返します。
ですが、各素材の吸熱後の温度などのパラメータも全て連動しているため、条件をひとつ変えると、全ての変数の値が変わります。
そのため、ひとつひとつ実データの結果を見ながら検証する際に、1つのパラメータの変更が、他の変数にどの程度の影響を及ぼしているのかがわかりません。これではボトルネックを特定し、改善するまでに膨大な時間が掛かります。
ですが、こういったシミュレータを元に、最適値の当たりを付けてから実データを取っていくことで、開発時間が大幅に短縮できるんです。
このように、シミュレータをもとに実データも取りながら、最適なプログラムを組んでいきました。
2.蒸らし後の注湯温度
そんなこんなで、一湯目の注湯温度は最適化されてきたのですが、それでもまだ、完成したコーヒーには雑味が出ていました。
これの原因は、蒸らし後の本抽出時の湯温度が原因でした。
通常の「きゃろっと式」の差し湯ハンドドリップでは、87℃に温めたお湯を抽出が完了するまで、再加熱せずに使用します。
つまり、1回目の注湯 → 蒸らし → 本抽出 → 完了
という工程の最中、ポット内の湯温度は、徐々に下がっていきます。
ですが、コーヒーメーカーの場合、ボイラーが断熱されているため、蒸らしが終わった後も、湯温度がほぼ下がりません。
そのため、このままの湯温で抽出すると、2湯目以降の湯温度が高すぎるため、過抽出になり、雑味が抽出されてしまうことがわかりました。
この問題をクリアするために、このコーヒーブリュワーでは、本抽出前の湯温度を制御し、ハンドドリップ時と同じ湯温度で抽出するようなプログラムを組んでいます。
※詳しくは話せませんが、ここに、本コーヒーブリュワーでしかできない秘密があります。
3.コールドスタートとホットスタートの環境変化
これで、機械的な温度制御に関してはハンドドリップと全く同じ条件で抽出することが可能になりました。
ですが、開発の後半、ユーザーと同じ環境で飲んでみようと、朝、1杯どりのコーヒーを淹れたときに、若干抽出不足であると感じました。
「ん!?少し薄いかな?」と思い。同じコーヒー豆を使用し、再度同じ条件で抽出して飲んでみると、今度はおいしく入りました。
念のためもう一度抽出して飲んでみました。これもおいしい。
「あれ?これも問題ないな。最初にいれたのは粉の量を間違えたのかな?」と思ったのですが、このことが、僕の頭の片隅にずーっと残っていました。
最初の抽出と2回目以降の抽出の違いは何だろう?
その違いは、「連続抽出したかどうか?」でした。
つまり、最初の抽出は、コーヒーメーカーが冷えた状態でのスタートである「コールドスタート」
2回目以降は、連続運転していたので「ホットスタート」
これにより、ドリッパー内の温度が変化し、抽出不足になっていたことが分かりました。
この問題を解決するために、このコーヒーブリュワーでは、コールドスタート時とホットスタート時で条件分岐することで、最適の温度で抽出するようなプログラムを組みました。
また、抽出前にスチームすることで、事前にバッファーを温め、抽出を安定させることができました。
最後に
「コールドスタートと、ホットスタートで条件分岐して、ボイラー温度を変更することなんてできますかね?」
というような無茶な要求に対して、いつでも「やりますよ!」とひとつ返事でこたえてくれるアラジン開発チームのみなさん。
試作途中のマシンと一緒に、兵庫から何度も足を運んでくれました。
「良いものを作りたい」という思いが一致しているので、開発のテンポも良く、どんどん製品が良くなるのが実感できました。
開発もほぼ終盤を迎え、プロモーション作成での打ち合わせ資料には
「共同開発 珈琲きゃろっと」と書かれていました。
「もともと監修のお願いだったのに、共同開発で良いんですか?」と聞くと
「何言ってるんですか!きゃろっとさん無しでは、このブリュワーは完成していませんよ。間違いなく、共同開発じゃないですか!」
このアラジンさんの心意気が何よりも嬉しく、こみあげるものがありました。
常に使うユーザーさんのことを第一に考え、一緒に開発する僕たちにも常に敬意を払って接してくれたアラジンのみなさん。
長く愛され続ける商品を生み出すには、こうした素晴らしい人たちの努力と想いがあるということが、僕にとって何よりもの学びとなりました。
こうして、きゃろっとに声がかかり1年半、アラジン社内でのコーヒーメーカープロジェクトがスタートして3年もの月日を経て完成した、アラジンコーヒーブリュワー。
延期があり、楽しみにされていた方にとっては、待ちに待った発売となったことでしょう。
しかし、お待たせした分、本当に完成度の高い素晴らしい商品ができました。
アラジンさんの高い技術力と、きゃろっとの長年培ったコーヒーの知識が集結したコーヒーブリュワーです。
ご自宅での最高の一杯が間違いなく楽しめます。
こんな素晴らしいコーヒーブリュワーが世の中に送り出される事に、僕もワクワクしています。
最後に、アラジンの皆さん、こんなにも大きなプロジェクトにお声がけいただいたこと、心から感謝を申し上げます。
ありがとうございました。